So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

編む。

もしも、たとえ戦争が他国の話でなくなってしまう日がきてしまったとしても、

たとえ津波に飲まれてしまう結果が待っているのだとしても、

どんなに食べ物に気を付けて環境の良いところに住んで、健康を心がけていたとしても、

病気になり、年老いて周りに迷惑をかけてしまう結果が待っているかも知れない。

そうだとしても、私はそうでは無い未来を思い描き、

今日だけはユーモアを持ってにこやかに過ごし、

そして時には泣いたりケンカをしたり、引きこもったり、カミングアウトをしたり、

そんなパフォーマンスをしてしまうと思う。

それでも今自分がここに生きていること、この世界を選んだことの全てを

贈り物として抱きしめたい

人は考える葦という植物だと言った哲学者の言ったとおり、

2足歩行になった時から、植物のように太陽の光に導かれているから。

その秘密に気づいたみんなで知恵を搾り、

誰も解くことが出来ないだろうと思われていた、こんがらがった知恵の輪をほどいて、

あたらしい世界につながる暖かくて、大きな長い光の糸でできたマフラーを編んで行くんだ。

喰われる。(今夜のミステリー)

喰われる。
食に口へんがついてる。
絶えず自分の中に無意識に緊張しているものがあるなら、
喰われる恐怖だろう。

小さなころ夢で追いかけられたナマハゲ
低空飛行するカラス、
動物園のあくびをするライオンの大きな口。
大きな蜘蛛が道にいただけで遠回りした本当に小さい頃。

今は、例えば子供の頃見た怪獣映画で逃げ惑う人達の一人に、
いつなったとしてもおかしくない。
世にも恐ろしいことが、現実にあることを知り、それはどうにもならないことがあるのだ、

と、知った頃から吐き気のような恐ろしさを、身体の反応として持ち続けて来た。

喰われる。自らの飽食のために、喰われる。

原子力発電所を安全だといい、建てつづけたモンスターたちの巣穴で。

遺伝子を組み変えた植物、化学物質で作られたまがい物を生きるために飽食し、

自らの飽食により、喰われる。

2014-09-20

境界はひつようなもの。

だからと言って、そのことで争い憎み合うことになるなら、

そんなものとっぱらって話しあおう。

いつ何が起こるかわからない。だから電車でとなりあった見知らぬ人とも、同じ家族のように

思いだけはそのようにあたたかい気持ちを持って一緒にいたい。


2014-09-17

もっと自分は大きな存在だと、いいきかせても、

いや、大きくなんかなりたくない。小さく縮こまっていたい!

そんな時、それなら思い切り小さくなろう。粉粒よりももっと小さな生き物。

もともとヒトって、Wikipediaによると、1kg中1兆個の細胞で出来ていて、

50キロなら50兆くらいの細胞で出来ているらしいです。細胞は一つを生命体と見ることもできる。

そしてこの中をたくさんの微生物も生きているってことは、そんな生き物からすれば

でっかい動物という生命体です!ほんとーに小さい生き物の集合体!自分って何?

2014-09-16

ピリピリ、びくびく、おどおど、

恐怖を感じてこんな心の音がする。深刻に受け止めないと生きて行けないよ。

充分気をつけて来たはずななのになぜ?なぜかがわかっていればこうならなかった。

監視していなくてはと、自分の中のナチみたいな影が言う。

人に過ちを指摘されたから萎縮するのではない。自分が自分に縮みなさいと、司令を出してる。

そうすればとりあえず何かをやって努力している気になれる。人生の落伍者への最後通達。

奈落。底なしの奈落。イマジネーション豊かなミステリーな世界に浸るのも良いか。

ただ、気がついたら別のやりかたを選べる。羽根が生えてそれから頭が動けて、

自分の全てのひとつひとつのパーツが活き活きして、軽くなって光のある方へ飛んで行ける。

目に光が満ちてくる。


手放す、そして出会う。

一つ手放すと、たくさんのことを受け入れたくなって、あれもこれも。

その時今まで出会った大切な人物について、出来事について、もう一度考える。

もし書くことが、一番良い方法なら、時間がもっと必要だと感じる。

古い物を手放して、新しい物を持ち帰る。実際やってるのはその逆だ!

新しい物ではちきれそうになったから、古い物を苦しみながら押し出すみたいな、

身体なら負担がかかるやり方だ。

実際はより楽しみながら手放すことを見つけて、にこやかにサヨウナラする。

今までありがとうと。この「やりかた」ではなく「やめかた」の方が、

本当に必要な新しいことに出会い、吸収していける。

循環がうまくまわっていくそんなシステムを思う。

まだ名前はなく、パリパリとした音。

前を見ると横や後ろを忘れていて、後ろを見るとまた前が分からなくなって、

また画面を見ている。でもどこにいて見ているのか忘れている。

いっそ平面に生きていれば楽なのに!?

昭和のはじめの脱水機みたいなもので、いらない水分を搾り取られ、のしイカみたいになって

煎餅として焼かれる人生。それも3次元の中にいること前提の空想です。

もしも煎餅として焼かれて美味しく食べてもらえることができるなら、それはそれで素晴らしい。

色々な才能があるように思えて色々やってみる。どの道も素晴らしく思える。

一つの方が誰にでも分かりやすい。でも一つに絞れない。

ただ、自分は一人だけ。この一回の生の中で探求して来たことがある。

それは自分の作品だったり、人の心に残る優しさだったりで、まだ名前のないものだ。

煎餅なら味わい深いものであり、音はパリパリとしていたい。そのようなことなのだ。

2014-08-23

坂道を荷物を持って歩くのはずいぶん上手くなった。

昨年膝の痛みで歩けなくなることがあってから、本当に一歩ずつ、歩く時の痛みが少なくなって

今では正座もできるし、この分ならストレッチ腹筋を続ければ、

この先歩けなくなることを心配することもなくなる。膝、足首だとつい下に意識が行きがち。

そうなってしまうと逆に頭から胴体の重みがかかってしまう。

どうしようもない時は専門的な知識や技術のあるところで、治してもらうことは必要。

でもそれはある程度まで。なるべくなら自力でトライしたい。

頭がどこにあるか、そしてそれが動くことが出来て、前と上の方向を意識することで、

一歩踏み出せば、自分全体がついてくる。何かを必死でやろうとしないこと、

そうすることで、動ける関節を押しつぶさず曲げ伸びが気持ち良く出来て、体重移動ができる。

治すとは思わない。部分しか見なくなるから。自分の全体が動ける。

昨日より今日より良く一歩が動ける。そう思うだけ。

2014-08-23 歩く

ずいぶん山坂を歩いてきました。いつも 荷物を2、3個持ってます。

足の裏だけで、重さを支えているわけじゃ無い。足首だけでもない。

膝や股関節、骨盤、背骨、首の骨、全部が重さをささえてる。

全部の連携が重さを支えている。

重力に抗うことなんてあり得ない。 上に伸びる力は、下に落ちる力が極まって、

上にながれている。

歩く時の関節全部の連動が、その流れを作り出す。

足の指が自由に動けるサンダルをはいて、頭が自由に動けると思って、前を向いてあるこう。

2014-08-20

前に進む手がかりが分からなくなった時、頭の中で見えない相手との会話がはじまる。

葛藤。本当に目の前にいるので無いなら、不要な古いテープレコーダーが回っているだけだ。

怒りや疑惑の蒸し返しなら尚更だ。頭の中の相手ではなくて、このテープレコーダーを回し続ける

過去のもう一人の自分との闘いだ。 SF ばりの時空を超えた闘いができる。

人の苦しみを食い物にする化け物の餌食にならないように、どうぞお気をつけて。
前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。