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アベコベの呪文

気づいてみると、自分は今の年齢と見られるか、そうでないかをつねに気にしている。

30代過ぎればあっという間。そう言われたのはついこの間のような気がしてた。

そんな言葉に怯えて、少しずつ増えてきたしわをどう隠すか、そんなことばかり考える。

誰もが口にする、お愛想的でもあるそんな言葉を頭の中でグルグルするうちに、

なんでもない言葉が呪いの言葉になっている。若く見られることばかり。

白雪姫を呪う魔法使いとしての自分の顔を呪う。

そのうちにあっという間に過ぎて行く。

あっという間じゃない、じっくり濃いあと十何年か、何十年かわからないが生きられるなら、

世界中のあらゆる魔法を学び、空を飛べるようになり、

呪いを愛のエネルギーに変える、アベコベの呪文で、世界を変えるのだ。


意地っ張り

つむじ曲がり、へそまがり、意地っ張り、

そんな感情で頑張ってる。

湿気で不快な感情が顔に出されても、みんな共感できる。

こんな時期はエネルギーを発散できる。

生き物が元気になる季節だ。

混み合う駅で見たもの

昨夜23時ごろ、帰りの電車新横浜で乗り換え、菊名で降りるいつものルート。

一番混むのが先頭なのに、つい早く降りたくて乗ってしまう。

そしたら私と同じ考えの人はいつも沢山いて、ついでに大きなドラムセットをカートに載せたものを

引張って、一人の若者が乗り込んできた。後ろから押して入る人もいつもと同じようにおられる。

女性が痛いと声をあげる。みんな一駅の間を痛みをこらえるような表情をしている。

私はちょっと離れていたから女の人には「大丈夫ですか?」と声をかけられなかったが、

こんな時逆に肝が据わってしまう。頭が動けて背中を広く思うと、周りの人と共感したくなる。

良い習慣を身につけつつある。周りのみんなにお疲れ様、そして良いことがあるように祈る。

そして迷惑極まりない大きな荷物を混み合うと決まっている車両に持ち込んだ

若者の情熱に応援、そして心配もする。とうとう次の駅でドアが開かれた。

沢山の人たちが雪崩のように降りるその流れにたじろぐことなく、若者はドラムセットを引張って、

階段をスピードを落とすことなくカットごと1段、1段降り、乗り換え口の手前では

自分の楽器と一体になって 無駄な動きが無くみごとな美しいターンを見せてくれたのです。

やむをえない動きだっただけかもしれないけれど、運良くすぐ後ろを乗り換え口の手前まで

すぐ後ろを歩くことになってしまった私は素晴らしいパフォーマンスを目の前で見ることができた。

しかし、別の目でみれば、周りの迷惑を考えて行動しろと叱る大人もいて当然だ。

そしてみんなを危ない目にあわせたことも反省して欲しい。

だけど一生懸命で、ハチャメチャな芸術家を応援したくなる。

新横から菊名行きの車両は、並ぶ列の制限が出来ないのだろうか?駅員さんに提案してみたい。


ハッピーナインデー

朝目覚める前に9という数字が大きく浮んでいたのです。

憲法9条の9なのかそうでないかはわからない。でもノーベル賞候補にあがったと聞いて

嬉しくなった。

なんだかかっこつけちゃって!と自分で自分を冷やかすよりも、

ラッキー、正義感強い自分だねと応援したい。

意味はまったく違って、高貴な9だとしたら、お手柄と、褒めてあげたい。

当たってなくてもアクションを起こせる原動力になるのだ。


夏、聞こえてくる。 [森、歌]

蝉や名前を知らない鳥や虫の鳴き声が、田んぼの向こう側の森の方から聞こえてきた。

夏の声だと思う。誰もまねができない素晴らしい交響曲の演奏ともいえる。

歩いて5分ばかりすると、田んぼや畑が続く道に出る。色々用事をすませて疲れたけど、

この回り道をして充電。

道端の木や植物の声が聞こえるような気がする時がある。

いつも私を見守ってくれて、メッセージを送ってくれている。

この森を守ろう。この美しいうたを作り出す生き物の生態系をこれ以上失いたくない。

耳を澄ますと都会の中でも聞こえるかもしれない。

こうした感覚を、想いを磨こう。そして歌にしよう。書こう。踊りにしてみよう。

多くの人は自分が愛を表現するアーティストになるために産まれてきたことに

どこかで気がついているのに、心の奥にしまいこんで忘れてしまっている。

才能は誰でも持っているのに磨く人と磨かない人がいるだけ。センスを磨く喜びを取り戻したい。

そしてそのレッスンは、聞こうとするのでなく、頭の中を静かにして、

時々うるさいままでもそれも聞こえてくるままにして、

耳から音が入って来るのを自分に許すことから始まるのです。







神経回路

手足に光が満ちて、神経回路が通り始める。

外の世界が明るくなっているのがわかる。

惰眠を伸ばす。音を感じている。

動きたい回路、起きたい回路それが自然に満ちる頃まぶたを開いて、

そのとき、頭が繊細に動いてそこに自分全体がついてくる。

あ、それやってみよう!今日は忘れたけど。いいかもしれない。

休息と運動そのちょうど良いバランスがあるのだ。私たちは動物だから。

そして、植物のように太陽に向かって頭を持ち上げて、内側に軸を作って生きている。

神経回路が光で満たされるとしたら、それは原子力なのか?太陽の光なのか?

たぶん人間は、太陽の光と、光合成する植物と、それを食べる他の動物を、どのように食べるかを

選ぶことで生きている。食べることだけで生きていない。

考え、感じること、夢想したことを行動するかしないかを選ぶことで生きている。

選べる。それはこの生態系に責任を持つこと。

ホモサピエンス。どんな意味だろう?言葉が浮かんで調べる前に色々考えてしまった。



2014-07-20

おはよう。

そう自分に言えるまで、少し、あるいはしばらく時間がかかる。

目がさめていても、布団の中で不安や、何かに反発するような気持ちと共にいる。

ああそうなんだ。重い雲の塊。

でもそれでいいじゃないかと思う。

そして魂の思いを表した昨日のフェイスブックの誰かの絵画作品や、伸び放題の雑草のイメージ

手足のフィードバックがあって、音や光が、今ここにいるんだよと教えてくれて、

やっと起きれる。目覚めてもしばらく身体の重さとつきあう。

笑顔は泣き顔みたいな日が続くこともあった。

アレクサンダーテクニークで、方向性を上に思って先生にワークをしてもらい、写真を撮った。

人がどう評価するかを不安に思うより先に、自分が自分を評価したい。

自分が正しいわけでもない。 美しいと思う人も思わない人もいると思う。

比較され競わされる、商品として自分を人を判定する、そんな教育を受けてきた。

ドロップアウトしたい。あ、もうしてるか。アーティストとして生きてきた自分と再会する日。

あはよう、あなたにまたお会い出来て嬉しい!



2014-07-20

天使の役をやった時の軽やかで、なんとも優雅なステップを、キャシーさんは見せてくれた。

重いものを背負って歩く時、かかとからドンと必要以上の負荷をかけて床に着地してしまう。

こういった習慣は私にもあって、なかなか気づかなかったが、このことによって足首や、膝に負担をかけてきたかもしれない。

爪先まで足の指が伸びきったところでかかとを床に着地させれば、かかとが受ける衝撃は、最小限になる。

これも、最初に思うのは頭が脊椎の上で繊細に動くこと。そこに自分全体がついてきて、

この時に、肩甲骨の間に羽が生えて、爪先立ちをする位の軽やかさで歩ける。

そう思って歩くと、静かに 快適に歩けるのだ。特に坂の上でこれ、役にたちました!



2014-07-18

習慣というものは、いくらやめてもまたでてくるなあ。

でも、また出てきた。結局私はいくらやってもダメなんだと、自分で自分を判断するより、

またでてきた、うーん、残念。それもありで、ちょっとしょげてる自分は棚上げして、

前向きにトライしてみる。そんな繰り返しが積もったら、と考えると、希望ももてる!

ひまわりと天才

畑のある道を歩くと、もうひまわりが太陽に向かってぐんぐん伸びていた。

ゴッホの絵のことを知っていたのかそうでなかったかは全く覚えていないのですが、

小学1年生になった年の夏、こんな風にどこかの家の庭に咲いたひまわりを見て、

私は天才なのだと、わけのわからないことを自分に言い聞かせていたのを覚えています。

買ってもらったオルガンをでたらめに弾いて、ちゃんと曲が弾けるように教えてくれた母のいうことを

全く聞けなかった。いつも何か強烈な空想の中で生きていた。

ゴッホもそうだったのだろうか? 花の色彩は光の屈折から出来ているとすると、

光合成という行為のいきいきとした繊細なダンスだ。ひとの声に出せない感情を喚起する花の色。

それをみる人の目は、その色と形で一瞬満たされる。小さな頃の天才を讃えよう。

普通の子と違う、そう言われることは少し家族を困らせたけど、

今なら恥じることなく小さな頃の私を抱きしめて褒めてあげたいのです。



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